So-net無料ブログ作成

どっかの国はとても無機質でゆとりの無い国/実践 私の実存主義講座 第269回 [ことばと社会]


サルトルは人間について、『自分の意思で生まれて来た訳ではないのに、人間は実に自由である』と言った*が、






どっかの国は、工場で生産される部品のように、人間にナンバーリングを振る様なことを、大手を振ってやって来た国だし、






メタセコイヤくんの、ヒット*ーを連想させるような、弾をも跳ね返すような、威勢のいいアドレスの仕方と言い、






西洋やその他の国では、手間は掛かるが、台風の一つ一つにも、名前を付けているのに、もっと採決を速めに!とロ*アから言われる始末(縦割り行政の弊害)。






どこかの国は、どっかの国の人々は、心が無機質で、ゆとりが無く、






世界ではユーラシア大陸のヴォルガ河、中国大陸には黄河・揚子江、アメリカ大陸にはミシシッピー河・アマゾン河(僕は自慢じゃないけどどれ一つとっても未だ見たことがない)と、大河の流れない、狭々込(せせこ)ましい

(‘すけこまし’ではな〜い!)この国だけは、際限なく、忙しくなって行く様な、気がしてならない。






多摩川と荒川は流れ、目黒川は流れる。





総じて言えることは、この国は、言語のない所のに初めて出来(土着言語と言う)、人類の前期用で、原始未開用で、即自存在用の言語の「開音節言語**」から抜け切れてない、日本語の影響を強く受けているからと思慮する。







*これに続くように、サルトルは『人間は自由という刑に処せられている』と言っている(-人間は本来自由に生まれついているが、その自由の下(もと)で自分で選んだ選択肢の結果については、自分自信で責任を取るのが一番いい/取るしか無い-と言うこと)

**人類の言語には、開音節言語と人類後期用(成人用・有史用)の2種類しかないのです。

未だに開音節言語の日本語は、大人になり切れてない、「父ちゃん坊や用の言語」ではないでしょうか、と言う見方があるのかも知れません。


450px-Flag_of_Japan.svg[1].png
陽はまた昇る
The Sun Also Rises.
 
陽はまた昇る<特別編> [DVD]

陽はまた昇る<特別編> [DVD]

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: DVD


コメント(1) 

コメント 1

Leonelput

台灣運動彩-免費賠率比較

https://free.tw-sportslottery.com/
by Leonelput (2019-08-17 03:41) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。