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どちらが自己主張の強い言語か?/実践 私の実存主義講座 第272回 [ことばと社会]


日本語では、自分のことを話すのに「私は・・」から話す人は殆どいません。


これは日本語の開音節言語のおおらかさと冗長性も原因だと思いますが、現代の情報の量と情報の流れの速さが止むを得ず、主語を省かなければならない状況を造っていると考えてなりません。


一方英語は話し手が主語を省くというのはまれなケースの様です。


それでも、英語はどんどん速くなっている。映画などは訳し切れないので、最近は超訳が多くなっ来てる様です。


英語の勉強にならないようになっている。


外国人向けのニュースやドキュメント番組の中で、日本語でインタビューを受け日本語で答えている被取材者のテロップに流れる英語訳が長くて、日本人には読み切れない英文が続くきます(被取材者の音声が抑えてある時など)


だからと言って超訳する訳にも行きません。


ところで、「私は」を殆ど言わない日本語と、「私は」を毎回のように言う英語とは、どちらが自己主張の強い言語だと思いますか。


一概に言えない処があると思います。


この問題には、「私は」をあまり言わない日本語の方が自己主張の少ない言語であり、殆ど毎回「私は」を抜かさない英語の方が自己主張が強い言語であると、一概には言い切れない処があると考えるのですが、いかがでしょう?


主語も無しに世界に発信するというのも、凄い自己主張だと思いませんか?


世界と日本は違うと思いませんか?


 


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